ほかけぶねの詩(1)

★BGMは自作の《約束》です。

ほかけぶねの詩1 2010/06/23

本屋大賞「天地明察」を読んでいる。作者がどの程度囲碁の世界を知っているのかと不審に思う点があった。渋川春海こと安井算哲と本因坊道策の対局や安井算知と本因坊道悦との名人御所争いなどについての描写がほとんどされてないのが残念。渋川こと算哲の碁打ちとしての時代背景には欠かせない重要なことと思う。

囲碁を知らずに読んでも面白い本かもしれないが、当時のことについて描いた江崎誠致の名著「名人御所」を読むことを薦めます。当時の本因坊家、安井家、井上家、林家の4つの家元のお城碁での対局や《名人御所》になるための駆け引きや騒動などの興味深いドラマを知ることができます。安井算知の後、名人御所に着く本因坊道策と安井算哲の対局は興味深い。算哲(=渋川春海)より6歳下の道策の計り知れない囲碁の天分に算哲は囲碁では到底及ばないことを思い知らされ「暦」法の仕事に打ち込むことになると私は理解をしている。道策は現在では碁聖と呼ばれている。

なぜ、囲碁の世界から「暦」法へと転身したあたりが「天地明察」では囲碁にあきを感じていたとある。なぜあきを感じていたのかという点の描写が甘いと思った。

関孝和や算額の話は興味深い。関孝和が算額の問題を瞬時に解いてすべて明察=正解 であり、関孝和への出題で挑戦し、その問題は失題であることをそれとなく知らせる関孝和の人となりに興味を抱かせる。

天の理を極めようとする人たちの話は面白い。真理探究の精神こそ大切な原動力である。


2010/06/16

OK校で二次関数の最大値・最小値を教えた。下に凸のグラフは最小値があるが、最大値はない。どんな大きな値を示してもそれより大きな値があるから最大値は定まらない、つまり最大値はなし。

いつも最大値・最小値の話をすると上に凸のグラフでは、君たちは最大値の手前にいて、心身ともに成長期でありいずれ最大のピークへと上り詰めるが、残念ながら私はピークを過ぎ下降の一路であると自虐的に話をしながら若人にエールを送る。

「人生に最大値なし」とYoshita語録より素晴らしい言葉を発した生徒のお陰でYoshitaくんはものは考えようで、前向きに考えるべきだと再認識をした。下に凸グラフを観よ。最大値なしなのだ。強いて言えば、今の現時点が最大値であり、その最大値を日々更新しているのである。目の前の諸君もそうだ。毎年教えている生徒が一番(最大値)なのである。

HPを見たという嬉しい報告を聞いたので久しぶりに燃えてこれを記した。


2010/06/07

ついにとうとう買ってしまった。樹暦100年以上の本榧の碁盤である。堂々たる雰囲気が自然と漂う。

後聖と呼ばれる丈和の碁を並べていると300年前にタイムスリップする。一手一手を6寸の碁盤に打っていく。碁盤に対峙し、気が引き締まってくる。

最近は、ボランティヤで囲碁教室の子どもたちの囲碁の相手をしている。そのため1年半ぶりに囲碁の勉強に励むようになった。

タイミングがぴったりとあったのだろう。この碁盤に出会って迷わず購入した。ますます囲碁の世界に魂を抜かれそうである。

Yoshitaくんのお宝(本榧6寸の碁盤)


2010/04/04

OK高校の職場新聞で自己紹介文をかけということで次のように書いた。

 昨年3月なぜかいつの間にか定年退職を迎えてシマッタんよ。再任用1年目はU高校(前任校)、再任用2年目は本校に偶然あたっちょるばい。《当たり》か、どうかは分かんけんが、この歳になるとどこに行っちょっても《当たり》にしちょるし図太さと鈍感さだけは持ち合わせちょるのが年の功というとばい。

「数学なんかYoshita!」というんが口癖のためかしらんが生徒からは、Yoshitaくん、Yoshita先生などと言われてきたとよ。私のことをYoshita(くん、先生)と呼んでもいいきね。最近は、本当に、「数学なんかもう〜Yoshita」と言っちょった方がいいんかもしらんきね。知らんうちに物忘れが増えてきちょって、人の名前が出てこんし、計算ミスはしちょるし、頭の回転はますます悪くなってきよったし、自慢できるんは歳の数のみと相成りましたんよ。で、ボケ防止にと老骨に鞭打って教壇に立つんよ。どうこの心意気に拍手喝采・・・? 
なぜか、Yoshitaシェンシェイと呼ばれると背骨がシャキーンと伸びるんとよ。ヨロシクオタノミシマス。

著書 Yoshita著「美しい数学1,2」「折り紙で学ぶ数学1,2」、西三数学サークル著「見える数学1」手作りの教具教材(星の環会)


2010/04/01

再任用2年が始まった。また、桜の美しい季節になった。

再任用1年目は、透明人間になったような気分を味わったが、2年目は再生2年目として新しい境地で臨みたい。大いに人生を楽しみたい。


2010/03/20

本日、西三数学サークル著《見える数学1》(星の環会)が出版された。嬉しい限りです。

  西三数学サークル著
B5判オールカラー127ページ
定価2400円+税
対象:中学生から一般(教師) 

お陰様で再任用1年目は、その編集作業に追われ充実した日々を過ごすことができた。
編集会議で原稿の差し戻し書き直しなどで意見が対立したりしたことも今や苦笑いが禁じえない。よき思い出だ。
3月という季節のせいでもあるが嵐が通り過ぎた後の静けさに少し寂しさを感じている。

後は、本が売れることを願うばかりである。購入希望の方はYoshitaへメールをください。著者割引できますので。


2010/03/10

21年度の授業が終わった。再任用のためにU校ともお別れ。1年こっきりと覚悟はしていたもののやはり心残りである。

生徒と共に授業を楽しむことができたことが幸いである。

U校の諸君へ

人生に解の公式なし!
ハートにビンタを!
壁がドアになる瞬間がある!

では元気で。数学なんかYoshita!


2009/12/29

中日春秋に囲碁の話が枕詞になっていた。囲碁から離れていること改めて思い知った。胸の奥がチクチクとしてきた。

もう1年近く身震いするような碁を打ってない。

そ代わりか、イラストレイターのソフトに意に反しながらも挑戦する羽目になって、Yoshitaくんは夢中になっている。なぜか?

挑戦を始めて13日目に入った。自動車の運転に例えれば、エンジンのかけ方、ブレーキやアクセルの踏み方などの基本を知っただけで路上運転に出ているようなものである。うまく車をコントロールできずに電柱にぶつかったり、あっちにこっちにと危なかしい運転をしながら何とか様になってきた。

解説書には全ては書いていない。いろんな試みをとにかくやってみる。1本の線の引き方が分かれば、何本も何本も細い線、太い線、破線、斜め、ジグザクと描く。そうすると発見がある。その発見が自分のものなる。失敗もたくさんある。失敗の積み重ねをしながらイラストレイターの使い方が自分のものなってくる。

1本の線を引くことの難しさというか、1本の線をどのように描くかということは、碁の一手をどう打つかに通じるということに思い至った。


 2009/12/20

Adobe ILLustrator(イラストレイター)の勉強を始めた。 今日で5日目である。

ブックオフに立ち寄りと「1週間でマスターするILLustrator ver5.5J」for Macintoshを105円で見つけた。13年前に出版された本である。Ver5.5(現在はVer14)とWinを使っているYoshitaくんはMac対応が気になったが、ILLustratorに関する本はこれ1冊しかなかったのだからこれも何かの縁だろうと買った。迷わないですんだといい方に解釈した。

念のために本屋によって新刊本を観てみるといろんな種類のILLustoratorの本が並んでいた。選ぶのが大変だと早々に店を出た。

買った本はやはりMac対応だから解説どおりにいかない。本をWin対応になるように書き直していく作業がかえって時間がかかるがマスターするのに役に立っている。

特に、ベジェ曲線が面白い。どんな曲線も自由に描くことができる。ポイントのところでハンドルが出る。このハンドルは短い直線で、曲線の接線になっている。このハンドルの傾きで曲線を描いている。授業で導関数を教えたばかりだったので、思わぬところで実用例を体験できた。

新しいソフトに挑戦することは楽しい。少しずつできる範囲が広がっていくのが面白い。1週間どころかしばらくはYoshitaくんは、夢中になるだろう。


2009/11/29

この3ヶ月、ほかけぶねYOSHITA号は大きな仕事をするために出航していました。 大きな仕事とは言いすぎですが、Yoshitaくんが3ケ月夢中になって取り組んでいたのは事実です。

一区切り付いて、少しの後悔のほろ苦さと何か満ち足りない心の 空虚さを感じています。

なぜだろう?

この3ケ月は何もなかったのではない、否たくさんなことがあったのだ。平凡な日々と比べればありすぎたともいえる。その余韻、余震か。 それがもうすぐ形になるのだからと慰めることもできるのに・・・。


2009/08/16

8月11日(火)に帰省した。早朝5時6分頃に地震があった日である。名古屋駅のプラットホームは人、人であふれかえり予想以上の混雑だった。新幹線は3時間から4時間の遅れだった。

Yoshitaくんの見た光景は、自由席は超満員、指定席はキャンセル客のためであろう、がらがらだ。どうして全てを自由席(指定席券を持っている席は除く)にしないのだろうかという疑問が起きた。小倉で下車したが、改札口では、指定席乗車券の払い戻しの案内がされていたので尚更だ。

車内でも空いた指定席を自由席とすると放送すべきではないか。

私はお陰で指定席券を持たずに指定席に座ることができた。乗務員もこの日は一度も改札には来なかった。暗黙の了解のようだった。

となれば、厚かましく座った人が得をしたということになる。歳の功というべきか。自由席の車両から指定席の車両へと雪崩現象を観ることはなかった。日本人は真面目だと思った。Yoshitaくんは不真面目?


 2009/08/01

「教室は、涼風を満喫したカーテンの帆掛け舟となる。我々は数学海へと航海するのだろうか」と教室のカーテンが大きく膨らむ様子をみて私は生徒たちに勇気を出して言った。生徒からキザーといわれ笑われた。教師になりたての若かりし頃の冷や汗かきのほろ苦い思い出である。

昔々、帆掛け舟は、九州の福岡から親戚も知人もいない未知の土地、愛知にたどり着いた。かばん一個で駅のプラットホームに降り立った。不思議と不安はなかった。どんな出会いがどんなドラマが待ち受けているのかという期待で一杯だった。 帆掛け舟にはいろんな風が吹きました。暴風も経験しました。転覆寸前の危機もあった。そんな時には、「ほかけぶねの詩」をよくうたった。

風が吹きますね
いつものように
どこ吹く風か
雲流れ
おいらは
風任せのほかけぶね

西三数学サークルの仲間との出会いがあったからこそ今日の私があるといっても過言ではない。お陰でいろんな風当たりにも自分のペースを守ることができ、教材・教具の研究ができた。

風が吹きますね
静かに燃えて
熱き思いを
胸に秘め
おいらは
風任せのほかけぶね

一昨年、「美しい数学」1巻2巻、昨年は「折り紙で学ぶ数学」1巻2巻を星の環会出版社から幸運にも上梓することができました。本校の図書館にも入っています。数学の本としては珍しく写真や図が全てオールカラーの美しい本になっています。さらに難しい数式がないので手軽に手にして眺めてください。一味違った数学を感じてくれると嬉しい。特に、中・高校生にお薦めします。

退職が近づいたことで私の心境が変わった。それまでは、私は自分の歳に無関心だった。毎年何かに取り憑かれるように恋をし、夢中になり熱中して、歳をとっていることを忘れていた。嗚呼、人生短し、学成り難し。退職間際にして,今までの集大成をしたくなった。

私の遅い4年越しのメールの返事に出版社から即刻「原稿を送れ。拝見します。」というメールが来たのには驚いた。私のことを覚えてくれていた。2週間の時間をもらい原稿を送った。続きを書くようにと依頼され,さらに「名古屋でお会いしましょう」という編集長の栗山さんからの嬉しいメールが届いた。 

栗山さんと会うや否や、当時私が抱えていた生徒指導の問題についての悩みを話した。栗山さんは意見を率直にはっきりと言う方で初対面ながら打てば響き、教育の問題などで話が弾んだ。教育関係、特に理科教育の本を出版している栗山さんのリベラルな意見は久しぶりに新鮮だった。学校という閉鎖社会、学校の常識は社会の非常識であることを改めて認識した。孤軍奮闘していた当時の私にどれだけ勇気と元気をくれたことか。教員はもっと自由に豊かになるべしと思う。

栗山さんとは5時間ほど話し込んだ。肝心の本の出版の話は別れ際のわずか5分ほどで決まった。「とにかく楽しく本をつくりましょう。何月に出版の予定でいきましょう。」と交わしただけだった。「楽しく本を作りましょう」の一言が私に火をつけた。

 本の原稿を書くことは,やはりエネルギーの消費が大変なものであることを実感した。寝ても覚めても原稿のことを考え、寝食を忘れた。完全に「恋」に落ちてしまった。恋はしているときが一番、実に楽しい仕事だった。 「美しい数学」の本を出してからすべてを出し尽くしたのではないかと思い込んでいたのだが、どっこい恋の炎は燻っていた。身近にある《紙》をテーマにし,どれだけ数学が語れるのかと挑戦したくなった。紙を折っては広げ,広げれば折りと折り紙の山を作った。数学をやるには紙と鉛筆とさらにゴミ箱がいるのだった。幸運にも日々何かを発見することができた。新しい発見は何事にも変えられない喜びとエネルギーの源になっていった。

《紙》は縦横の比が1: になっています。どうしてでしょうか? 《紙》にはいろんな秘密が隠されています。その数理に興味がある方に「折り紙で学ぶ数学」を薦めます。さて,Yoshitaは一枚の紙でどれだけ数学を語ったのでしょうか?《紙》頼みの数学は《紙》のみぞ知る。本書を手にしてご覧あれ!

私の現在の心境を「帆掛け舟」にたとえれば、帆掛け舟といっても帆を一つ揚げた小さないかだです。風が吹くのを待ちながら寝転がって怠惰をむさぼってうたた寝をし、風に吹かれ気ままに自由に・・・・、時折、数学なんかよした!とぶつぶつとつぶやいているのです。幸い帆掛け舟は転覆もせず大過なく航海を終えましたが、楽隠居(?)の予定のはずが楽をさせてくれません。再任用で本校に一年間だけお世話になります。お陰様で教壇に立つ機会を得たことを感謝しています。